KAZZの徒然なるままに
身近なプチ文化を写真で綴る
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40年前にトリップ
 まだ幼少のころ(一応あったのよ、無邪気なひとときが・・・)、よく遊んだ公園へ行ってみた。 五社公園
 PENTAX F28-80mmF4-6.3
ここ「五社公園」は利町(とぎまち)にあるのだけど、当時は隣の大工町に住んでいたので、よく遊んだなぁ。いまもこの「愛郷」の像があった。ここで、弟と遊んでいたら、TVカメラを持ったおじさんが声をかけてきて「花を見て指を指して」といわれたのでその通りにしていたら、あとで床屋のおじさんに「ボクたち、NHKの天気予報に出てたよ」と教えてくれたっけ。
 ここの公園と市民会館(いまは「はまホール」というが)に渡れる橋が建設された。 
渡り橋

そして、市民会館(はまホールだってば)。 はまホール

今だから白状するが、当時先ほどの五社公園から夜中に市民会館(はまホールです!)に向かってロケット花火を打ち込む遊びをやっていたっけ。近所の女の子とお医者さんごっこもこの公園でしたような記憶があるぞ。ふっ。。。
 さて、市民会館(もういい!!)の向かいには、復興記念館なる建物があった。たしかここは、剣道の会館だったような気がする。で、無料という魅力的なシステムに誘われて入ってみた。 復興記念館
 パンフレットによると、
「太平洋戦争で艦砲射撃を始め激しい空襲を受けた浜松市は、市街地の大部分が焦土と化しました。しかし、戦後いち早く着手した復興土地区画整理事業を昭和58年3月に成功させました。
 復興記念館はこの事業の完成を記念し、当時の市民生活を今に伝えつつ、これからの市の発展を考える場となるものです。
 復興記念館には、浜松の戦災復興当時の記念品が多数収蔵展示されています。」とある。
ヤバイ、懐かしくて見入ってしまった。 
赤紙

コレは、通称「赤紙」で、紙には「臨時召集令状」と書かれている。実物を見るのは初めてだ。
戦後、焦土と化した浜松を捕らえたの時系列の写真から復興していく様がよくわかる。
ほかにも懐かしいものをいくつか・・・。 TV
 当然ながら「白黒」である。GENERAL製 洗濯機
 洗濯機だが、ステンレスの洗濯板の名残がわかるだろうか?側面のローラーで水切りをするのだ。コレだけは子供のころ手伝ったっけ。NATIONAL製。 冷蔵庫を含めて「三種の神器」といわれていた。
雑誌

 雑誌「婦人倶楽部」「少女の友」(昭和28年)左には五十銭紙幣が見えるだろう。これは、さすがに見たことはないな。
次は、お金持ちの友達の家にあったコレだ。 ビデオデッキ

VICTORの初期型で、学校にもあったかも・・・。当時は高級なものだった。 コロシート

 レコード(SP盤)が高くて買えなかったが、このソノシート(コロシートというらしい)は、安かったので、小遣いを貯めて買ったことがある。なにより透けていてキレイだったから魅力的なモノだった。ここから音が出るのだから、実のところこの年になってもフシギ。
このほかにも、興味のあるものが展示されていた。モノの進化で復興の過程を知ることが出来た。 
復興モニュメント

展示物の中央には、こんなモニュメントがある。いくつかの子供たちの像のなかで、心が動いた一体がこれだった。

 パンフレットによれば、ここに展示されているものは貸し出しもするらしい。
さらに2階には、会議室や和室(有料)も備わっている。
浜松市には、税金をこのような形で還元してくれる施設があるのだということを知った良い一日だった。
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